ある研修で紹介された本を読んでいます。私が病院勤務の看護師だったらimage1 (2)巡り合わなかっただろうし、ここまで深く考えさせられなかったと思います。医療関係者の方々には是非とも読んでいただきたいと思います。

この中に看取りのことが書かれていました。私事ですが、介護保険制度が整う以前、母と共に父と祖母を自宅で看取りました。父は癌の末期で化学療法をしていましたが、薬剤師であるにも関わらず治療を拒否し、主治医に「どうなっても責任はとらないから」と言われながら、自宅で最期を迎えたいと退院してきました。それからは自分の好きな家で好きなことをし、穏やかな最期を迎えました。祖母は老衰でしたが、やはり自宅で看取りました。

私が看護師だからできたのかもしれません。しかし、今は在宅介護を支えてくれる人が沢山います。最期を自宅で望まない方も、したくてもできない方もいると思いますが、誰でも最期は『いい人生だった』と思いたいはずです。

訪問看護をしていて、ご自宅での看取りにも、状態悪化で病院に搬送される場面にも立会いました。この方とは二度と会うことも話すこともないと思うと涙が出そうになります。呼吸が苦しいのに『ありがとう。出会えてよかった』とimage1何度も言ってくれた方もいました。

私が今の仕事を続けていける原動力の一つは、今まで訪問で出会えた方たちとの関わりです。もう一つは一緒に看取りをした母の存在です。母は3年前に他界しましたが、亡くなってから家の整理をしていたら手書きの遺言書がでてきました。『余力があったら社会に貢献』それを書いたとき、母には私の将来が見えていたのかもしれません。

これからも御利用者様やご家族様のニーズに合った寄り添える訪問をしていきたいと思います。